愛に育旅

名古屋の大表ふみくん、ランボーバングーラ、広島のダビット、秋田カラバンテのおかも、香川の三好東曜、の他にも硫黄島のファムドゥキャンプで会ってたけどそんなに話してなかった沖縄のママディコナテも足を踏み入れたことがない沖縄という土地ということも含めて新たなる出会いが待ってるワクワクポイントだ。

そして今回から各チームに収録前に一度訪問して状況を聞いたりインタビューしたり、参加者さんの心に火をつけよう!ってことで

「愛に育旅」

をしにいきました。

「地図に音すと日本全国」っていうもう本当に自分でも呆れるほど胡散臭いコピー笑

 

一発目は5月29日に新幹線でアフリカヤマガタの練習に訪問して出演者である殿とトールくんにインタビューさせてもらった。

殿とトールくんに関しては本番演奏の際に記したいと思います。

しかしながら感染者が鰻登りだった山形に配慮してその後の交流飲み会はせずにホテルで大人しく寝た翌日、なんと金曜の平日だというのに超超多忙なアジキンが仕事を休んで朝ホテルまで迎えに来てくれて、一緒に蔵王温泉へ。

行きすがらの車中でアジキンといろんな話をしながら、そういえばアジキンとシラフでまともな話をしたことなかったなって。

いつもはたくさんのジャンベ仲間と一緒だったり、酔っ払ってたりだったから。

ジェンベ仲間って、良くも悪くもジェンベっていう強烈な楽器で繋がってるから、その楽器の魅力と音を合わせていく感じが凄すぎて、その人の「人としての感じ」を感じすぎてしまうせいか、ジェンベを離れて話したりする「必要性」をともすると感じなかったりしちゃう。

だから、今回のように無理矢理にでも膝を突き合わせて話してみるっていう、今回のコロナで僕らが禁じられている

「もう一つの大事なもの」

を実感させられました。

アジキンには温泉の後、待望の山形名物「肉そば」にも連れて行ってもらって、半端ない美味さに悶絶した後で高台の素敵なロケーションの見晴らし台でインタビューさせてもらった。

今回、初めましての講師陣のみならず、昔から知ってるアジキンや小鉄やラウラウにも今まで知らなかったいろんなバックボーンがあるって、新たな発見で、今回の愛に育旅に来て本当によかった。

今まで自分が知ってたアジキンと、ここ数年で結婚・出産と環境変化の著しいアジキンは、地元山形でジェンベと家庭と仕事の三つの居場所を全て「いい感じで頑張って」行こうっていう、今までは猪突猛進だと思っていたそれと違った決して頑張りすぎない肩肘張らない彼の心持ちが聴けて、ちょっと驚いたほどです。

結果論になっちゃうけど、アフリカヤマガタカラバンテに関しては5月末のこの事前訪問をさせてもらったことが 大きかった。

後に書きますが、7月までのこの愛に育旅が終わり8月の声が聞こえるとコロナ新規感染者数が爆発していくのです。

結論から言うと山形と秋田という東北地方に関しては9月からじ始まる収録本番に佐々木が東京から訪問することに関しての

感染症的懸念

が大きく、チームで独自にzoomで繋いだ佐々木が東京で「観てる」画面に向かって演奏、それを収録してデータでもらうことになったのです。

なので順番は前後しちゃいますが他のチームのことはあとで書くことととして、山形の後は秋田「カラバンテ」に会いに行ったことを書きたいと思います。

 

秋田へ

「おかも、いいよー」の多方面からの声を聴き、山形・沖縄・香川・広島・熊本と旅したあとに全大宴の旅で初めてのJAL日本航空の飛行機で秋田へ行きました。

自分が調べた限りで言えば秋田空港へはJALかANAしか飛んでないんじゃないか?

それでも羽田から乗るJALは心理的に快適でした笑

自分は空港からちょいちょいっと電車かバスでおかもたちが待つ由利本荘市まで行くつもりだったのですが、電話でテルミーから交通機関が不便だから車で迎えに行くよって言ってもらって。

あとで調べたらリムジンバスはコロナの影響で減便していて2時間に一本って感じでした。

カラバンテは平日夜に地元の公共施設で練習していて、コロナのこともあってでっかい施設もほぼ貸切状態だという。

カラバンテが利用する時間帯だけ鍵の開け閉めをしにくる管理人さんを驚かせないために、管理人さんがくる時間帯だけ車の中に隠れる佐々木

おかもたちと、カラバンテのメンバーであるけんちゃんと、しばし一緒に叩かせてもらいました。

けんちゃんは地元で専業農家をやっていて、お米の田んぼ13ヘクタールと野菜2ヘクタール、あとハウスをやっているという。

ここ数年で都市から田舎へ移住して農業を始めるユージマンや奈良さんなど、ジェンベ界は農業と整体の登竜門のようになっていますが

奈良さんもユージマンも音楽と田んぼだからある意味 専業農家だけど、健ちゃんの場合は完全なる専業農家で、しかも合計15ヘクタールって半端な広さじゃない。

東京ドーム3.2個分の広さ!

けんちゃんとはここで一緒に叩いた後でインタビューさせてもらって別れたっきり、本番も会うことはなかったんだけど、数時間一緒に叩いたってことがめちゃくちゃ自分の中で大きくて、もちろん全大宴を旗振りしてるわけだから気持ちの配分は均等にしたいとこだけど、やっぱ演奏の映像見ながら健ちゃんのソロの時はめちゃクチャデカい声でガヤしちゃった。

それはそのソロが一生懸命だったのと、彼が朝早く起きて日が上がる前に畑に行って土と会話し、天候と会話しながら田んぼやって、くたくたになった夜におかもやテルミーたちとジェンベを叩くっていう

「彼の時間」

を我が時間のように感じたから。

全大宴を通してハッキリと見えてきたことがある。

それは当たり前って思われるかもしれない、とても単純なことなんだけど

自分以外の人は自分ではない

ということ。

今、この瞬間にも自分以外の人は

自分とは違うことを考えていて

自分とは違う立場にいて

自分とは違うカラダの状態で

だからこそ自分以外の人の身になって考えることの大切さと難しさ

摺り合わせポイントを置くことの必要性を実感しました。

何も車に隠れなくってもいいじゃないか、って思う人。

東京から今動くことなんて言語道断!って思う人。

マスク着ける着けない・ワクチン打つ打たない・

 

でもですね。

戦争は別。

個人の努力ではどうすることもできない。

内戦を止めたドログバだって、戦争という国と国の対立を止めることは出来なしかもしれない。

 

おかも

カラバンテは2012年におかもがラウラウのギニアツアーで習ってきた「いろんなこと」を丁寧にシェアするスタイル。

おかものプレイは、何度も言うようでアレだけど彼らしい、とても丁寧かつ軽やかにジェンベを叩く。

そこにはラウラウへのリスペクトが本当に滲み出ていた。

そして、たった一度だけどおかもと一緒に叩いた時に感じた幸福感。

一緒に叩きたくなる人。

音を押し付けてこない、こちらの話もじっくり聴いてくれる、、、、

そんな人です。

練習の後、おかものご自宅で夕食をご一緒させていただいた。

テルミーは家のそばで畑をしていた。

ご馳走になるもの全てがそこで採れたものではないのだろうけど、どの食材も口の中で個性を放つ、まるで生きているかのような活力と美味しさ。

食は本当に大事だ。

しこたま呑みながら、おかもと話した。

おかもは決して雄弁ではないけど、しかと僕の気持ちを受け止めてくれていることが本当によくわかった。

とっても誠実

それがおかもの印象だ。

誠実って、よく見聞きするワードだし、どうやら東北地方ってだけで寡黙=誠実ってイメージがあるけど、そんなんじゃない。

うわべでやり取りをしないってこと。

僕がどうして全大宴をやっているのか?どうしてズケズケとここまできて話をしにきてるのか?を、おかもは僕の話をしっかり聞いて、咀嚼して、自分の肝に入れて話してくれている、、、

そう確信した。

泊めていただいた翌朝、例によって早起きしちゃったんで近所を散策。

おかもの家の前にいい感じの広場があって、そこは古いお堂があって、、、

もう雰囲気ダダ漏れ。

聳え立つ木立は樹齢数百年、お堂と一緒にずっとここにいたんだろう。

この広場ではきっと御神楽が太鼓と共に舞われていたんだろう。

まるでその調べが聞こえてくるかのような荘厳さがあった。

おかもの木工作業場「つきのわ」にも勝手に立ち入ってみた。

唖然としたのはその作品たちの仕上がりの緻密さと

作業場の工具たちが物凄く整然と整理されて格納されているってこと。

おかもの口から出てくる言葉と全くおんなじ性質のそれだった。

作品から、住まう地から、言動から、、、、おかもという一個人の人となりが出るっていうのは

相当誠実なんだと思う。

だって、なかなかそうはならないから。少なくとも僕はバタバタしてる時とか、空返事しちゃったりすることがある、から。

朝食ご馳走になって、おかもにインタビューさせてもらった。

本当は相当嫌だったと思う。自ら自分のことを進んで話すってタイプではないし、ましてや昨日はじめましてって挨拶をした変なおっさんだ。

でも、きっと、これは全大宴に参加してくれるっていう動機と同じかもしれないけど、テルミーと昔から知り合いだったという佐々木が血相かいて取り組んでいることという部分を

応援してくれる気持ち

を持ってくれているのと、あとは全大宴1のアーカイヴをカラバンテみんなで観れくれてて、そこで演奏されていたみんなの表情とか笑顔とか、そういったのを観ていいなって思ってくれてたからだと思う。

 

なんとその日はど平日だっていうのに終日予定を空けてくれていて、インタビューあと日本海の牡蠣を食べに連れてってくれた。

6月に牡蠣?って思ったけど、実は鳥海山の雪解け水が海に流れ込むのが丁度この季節で、牡蠣が美味しいらしい。

いや、めちゃ美味かった!!!!

 

アフリカヤマガタも秋田カラバンテも、8月後半からの感染爆発で 結局収録には行けなかったけど、まだ感染者が落ち着いていた5月から6月にかけてこの一連の事前訪問をしていたからこそ、双方が納得してセルフ収録という形にしていけたし、メンバーの心に多少なりとも火を灯せたって思います。

秋田から7月9日に帰った翌10日には今度は車でランボーの東海クラスに訪問して、翌11日には名古屋のふみくんところへ、12日には富士の小鉄のところへ、翌週20日には大分のユージマンのところへ、、、全10チームへ事前訪問をさせてもらいました。

それぞれの地で、これまたもう本当に濃いドラマが見聞き出来て、、、、、

次章、別のネタになりますがその次より各チームへの事前訪問と収録本番の内容を複合的に書いていこうと思います。

 

続く

 

 

By ジャンベ佐々木

1965年東京都練馬区生まれ(現在55歳) 小学6年生の時、父に連れられて行った銀座のクラブで沢田研二の「勝手にしやがれ」を歌ってかぶってた白い野球帽をシャって投げたらクラブ中が沸いてホステスさんにムギュってされてから人前で何かやることの快感を覚える。 1991年ジェンベと出会う。2001年ジェンベネットショップ「楽屋」創設、2006年加藤タクミと「TDF東京ジェンベファクトリー」創設。2012年に第一回ジェンベ大発表宴会を開催、2021年3月に「全国ジェンベ大発表宴会1」を開催。

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