熊か?

最初にゴッヒーと出会ったのは2007年。
まだTDFが東久留米の平家で作業していた時のこと。

いつものように作業場を開けて、上り框から母屋へ入ると、、

そこに熊がいた

しかも目つきが鋭いギラギラした熊だ。

ちょうどゴッヒーはダラマンのマリツアーから帰ってきて成田からTDFへ直行してくれてた。

その後もずっと付き合いが続いてる。

その肥後和明と、これまたTDFとしては長い付き合いで肥後さんが定期的にグループワークを行なっている種子島の柴さんご夫妻が組んでるバンドHONACA AFRICAが今回全大宴に出演してくれることになったことは、自分の中で相当大きかった。

全大宴通信で僕が語ってるが、2016年のみしま国文祭の時にゴッヒーのプレイを見たファムドゥコナテ師が「あいつは何モンだ?彼にまたジェンベソロを叩かせてくれ!」と宏樹に懇願したらしい、ってくらい、強烈な個性を放つ肥後和明のジェンベプレイは、全国に熱烈なゴッヒーファンがいるほどだ。

特にTDFのタクミとのduoライブが凄まじい。

 

人生初鳥刺

予定通り1月30日22時ごろ、高速バスは鹿児島中央駅に到着。

肥後さんご夫妻が車で迎えにきてくれた。

コロナ禍ということもあって駅周辺の繁華街も週末なのに真っ暗だ。

奥さんがめちゃ美味しいご飯を用意してくれていて、バス移動で空腹だったこともあり涙が出るほど嬉しかった。

そして満を持して肥後さんが鳥刺を買っておいてくれた。実は人生初鳥刺だ。

うわ!なんだ!この歯応えと味わいは!

そこから数時間、肥後さんと焼酎飲みながらジェンベ談義。これが堪らない!

思えば肥後さんとは長い付き合いだが、こうしてサシ飲みは初めてだ。

この人、ずるい。

このイカつい見た目と寡黙で野太い声。

なのに物凄く暖かく繊細で思慮深い。

それであのジェンベプレイだ。これはモテないわけがない。

佐々木の小さな小声でした(笑)

 

いざ種子島へ

翌朝はこれまた早く目覚めた。ふと目を窓へ向けると薄明かりと黒い影のコントラストが見えた。

桜島だ

夜があけるとともにその輪郭を露わにしていく。

東京人にとってはあんなに噴煙出してて大丈夫なのか?と心配になるほど噴煙を上げているが、いつものことらしい。

朝食と美味しいコーヒーを頂いて、いざフェリー乗り場へ。

これもいつものことらしいが、フェリーに乗るときは何故か早めに用意していてもギリギリになるらしく(笑)

猛スピードで肥後号が走っていく。

無事乗船できて、奥さんとしばしのお別れ。見送り、ありがとうございます!!!

 

種子島までは約4時間。

鹿児島湾の朝日が綺麗だ。

旅だからか?こんなに神々しい朝日は記憶にない。

甲板でソクーを弾くゴッヒーは本当に絵になる。

ずるい!これまたずるい!

実はゴッヒーには今回もう一つのミッションをお願いしていた。

それは全大宴テーマソングでソクーのソロを入れてもらうというミッション。

ソクーとはアフリカのバイオリン。瓢箪に皮を張った鉢に棒を通して、そこに馬の毛を張って擦弦する楽器。

テーマソングの中ごろにサブニュマたけちゃんの歌の後で出てくる、なんかこう、生命の煌めきを解き放ったような、物凄いソロだ。

実はその煌めきにはこれまた凄い秘話がある。

それはまた種子島に上陸してからのお楽しみってことで。

 

そして島にはあの人が待っていた。

そう、魂の塊、柴将規さんだ。

 

続く

By ジャンベ佐々木

1965年東京都練馬区生まれ(現在55歳) 小学6年生の時、父に連れられて行った銀座のクラブで沢田研二の「勝手にしやがれ」を歌ってかぶってた白い野球帽をシャって投げたらクラブ中が沸いてホステスさんにムギュってされてから人前で何かやることの快感を覚える。 1991年ジェンベと出会う。2001年ジェンベネットショップ「楽屋」創設、2006年加藤タクミと「TDF東京ジェンベファクトリー」創設。2012年に第一回ジェンベ大発表宴会を開催、2021年3月に「全国ジェンベ大発表宴会1」を開催。

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