シニア?

3日水曜の夜に鹿児島から東京へ戻って、その週末に今度は八戸ジェンベ部と仙台ベージャンの収録「全大宴東北収録ツアー」です。

全大宴収録ではカメラ4台を屈指して他方向からのショットを撮影するので、全部ではないにせよメインカメラには屈強な三脚、そして手持ちカメラはスムースな移動をするためにキャスターを取り付けてます。あとLEDの照明も結構デカくて重い。

なので機材が必然的に大きくなって、普通のスーツケースだと入りきらないので120リットルっていう最大のやつを買って使用しました。

これがでかい!

電車でも空港でも邪魔にされるんです。

今回の東北ツアーはバスタ新宿から八戸へ6日土曜の夜行バスで7日朝八戸着で、午前中に収録。仙台ベージャンは火曜夜の収録なので八戸で2泊することに。
問題はその夜行バス。新宿から八戸まで早割で6,700円!おー安い!って、よーく見たら

シニア

って書いてある。。。

え??

そうです、この会社、55歳以上はシニア扱いになってたんです。
結構、びっくりした。いよいよ俺もシニアなんか!

それにしても新宿から9時間、ご時世かこのバスも4名しか乗車してません。それで6,700円って、ガソリン代も出ないんじゃないか?
でも大赤字であろうはずなのに運転手さん、めっちゃ感じがいい人でした。

新宿を出てすぐ高速に乗って、バスはひたすら東北道を北上します。
夜行バスなのでカーテンを閉めて、まあ、4名しか乗ってないので倒し放題で超快適に即爆睡しました。
走行音が「シャーーー」から濁音が混じって「ジャーーー」になってきてます。そうです、車は岩手県に入って、外は雪が降ってます。

4日前まで河津桜を愛でてたんですよ、俺。

 

八戸着

サム助のお店

バスは予定通り朝8時に待ち合わせ場所であるグランドサンピア八戸へ到着。
思ったよりも雪は少なく、超雪国を想像していたので少し拍子抜け。
そこへサム助が車で迎えに来てくれました。

サム助とは何だかんだ付き合いは長く、今までも何度か町屋でSSI(スペシャル先生いらっしゃい!)でデナボワークショップをやってもらったり、アフリカ屋でサム助カレーを作ってもらったりとしてました。

そうそう、サム助のカレーは本当に美味しいです。
ぴこてぃりっていう名前のカレー屋さんをOPENするくらい。

収録は午前中にするっていう、夜行バスで東京から寝てるうちに着いて車に乗ってすぐに収録会場へ移動する、、、、

なんか芸能人みたいなスケジュールっすね!

サム助が心から愛している八戸ジェンベ部は2000年前半あたりから活動を開始、チームのことについては全大宴通信で武田ひろゆきさんが話してくれています

 

めんどくさいヤツ?

この武田さんインタビューの経緯は、サム助が八戸へ武田さんを招聘して行っていた「アフリカングルーブ合宿(アフグル合宿)」のつながりっていうのもありましたが、サム助に

「影響を受けた、もしくは尊敬する日本在住のジェンベ叩きは誰?」
と聞いたところ、左の写真のように「武田さんです」と即答だったので、武田さんに「サム助について歯に絹着せずに語って欲しい」旨を伝えました。

また佐々木個人としても武田さんがコロナ禍でチーンってしてる2020年のその時の日本のジェンベシーンについてどう思っているのか?や武田さんがジェンベにどのように惹かれていったのか?など、サム助のこと半分・もっと大枠でジェンベのこと半分、ぜひお聞かせ願いたいと話したところ、計諾いただけました。

インタビュー中で出てきますが、1998年あたりからサム助はウォークトークのイベントやワークショップに八戸から車で行ったり、2001年あたりから東京のアフグルクラスに来るなど、その行動力は物凄いです。

サム助を語るときに会話の端々に出てくるのが

めんどくさいやつ

というワード。

砂川さんから始まり、武田さん・岩原さん・奈良さん、そしてナンサディやビリー、エピゾと、物凄い数の先生からジェンベを習っていて、特に「デナボ」に関してはデナボチャンネルというYouTube動画を配信するなど、もはや変態レベルです。

いわゆる探究心と、それぞれの音楽性に対する持論がある。
こだわりも強い。

でも僕もサム助のことを「変態」とか言いますが、それは愛称みたいなもんで、逆にそんなめんどくさい彼が好きです。
周りのジェンベ叩きも、みんなそんなふうだと思います。

じゃあ、めんどくさくないヤツって言われたいですか?

箸にも棒にも引っかからない・無味乾燥・ありきたり・・・・

めんどくさい上等!変態上等!じゃありませんか。

 

 

なんだ?この懐かしさは

収録会場は彼らの練習場所でもある公共施設。

会場へサム助の運転で9時ちょっと前に着くと、もうメンバーが大勢会場の外で待ってました。

サム助が何度か東京の僕らが展開しているフィットネスアフリカンに叩きにきてくれたときに一緒に叩きにきてくれたともちゃんやTDFにきてくれた事があるヨコチンや小田切さんなど、知った顔3割、はじめましての顔7割。

しかし理由はよくわからないのですがみんなあったことがあるような

懐かしさ

よく来てくださいましたーっていう雰囲気がめちゃくちゃ滲み出てくださっているのと、あと

言葉

そう、八戸の南部訛りのイントネーションが本当に心地いいからだと思います。

女子率90%!

一念通天

数メートルおきに暖房があった

会場へ。うわ!広い!

そして寒い!!

そう、ここは青森県。だからか暖房が凄い!温風の風量と燃焼の音が轟々言ってる!

一度リハをやるという事なので僕はカメラのセッティングをしながら撮りどころなどを観察。

いや、サム助から聞いてはいましたが、相当な完成度と音圧です。

「うちの演奏をみなさんに見てもらいたいんですよ」

常々サム助が口にしていた言葉の意味がよーーーくわかりました。

月曜朝9時からお昼まで「朝練」やって、それから仕事へゆくみんな。土曜夜も練習。それを毎週毎週何年も何年もサム助と一緒に時を重ねてきてるんですから、その思いは半端なもんじゃないです。次章で述べますが「生きがいですから」ってインタビューで言ってました。

本番は更にボルテージがアップしていて

音の塊

が飛んでくるようなめちゃいい演奏でした。

まさに積み重ねてきた事が結実したって感じでした。

実際、3月6日の生配信のときは八戸ジェンベ部は 4番目の出番だったのですが、一番視聴者数が多かったのが

デナボのイントロからサンバンとドゥヌンバの掛け合い

がはじまった辺りでした。

八戸のデナボ女子、全大宴は全国的に女子率高めですが全国のジェンベ女子と一緒に叩いてもらいたいです。

って、僕もサム助ばりにめんどくさいこと言ってますね。

八戸での出来事はまだまだ続きます。

 

続く

By ジャンベ佐々木

1965年東京都練馬区生まれ(現在55歳) 小学6年生の時、父に連れられて行った銀座のクラブで沢田研二の「勝手にしやがれ」を歌ってかぶってた白い野球帽をシャって投げたらクラブ中が沸いてホステスさんにムギュってされてから人前で何かやることの快感を覚える。 1991年ジェンベと出会う。2001年ジェンベネットショップ「楽屋」創設、2006年加藤タクミと「TDF東京ジェンベファクトリー」創設。2012年に第一回ジェンベ大発表宴会を開催、2021年3月に「全国ジェンベ大発表宴会1」を開催。

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