笠田一成さん

仙台ベージャンの映像の中で、後半ドゥンドゥンを吊るしでサンバンと掛け合いながら叩いていた大柄な男。

全大宴通信用にシンゴにインタビュー依頼をしたときに「出演者(生徒さん)にもインタビューしたいんだけど、誰がいい?」って聞いたときに出たのが一成くんの名前だった。

インタビューの時に自分の名前を言った後にアマゾンプライムの話をいきなり繰り出してくるなど、185センチの大柄な容姿と相まって

ただモンではない

時折、ぽれぽれのメンバーとしてジェンベを叩くなど、まあ、その辺りがシンゴの柔軟で凄いところなんだけど、すなわちワークショップの生徒さんとして、またメンバーとして大活躍中だ。

その一成さんは仙台市内から小一時間の岩沼市にある「いわぬまひつじ村」で働いていた。
ベージャンの主力メンバーは、日本のジェンベクラスシーンとしては珍しく

「若めでハリのある男性(爆笑)」

が多い。その大方はこの「いわぬまひつじ村」に関連している。

彼らは海外青年協力隊として数年海外で働いて、帰国する際に実家に戻らず仙台に留まって、自然派生的にこのひつじ村に身を置いていると言う。

だからか、仙台ベージャンの空気が若々しいのは。

一成くんも御多分に洩れず協力隊でアフリカのガボンで2年間活動してから帰国している。

いわぬまひつじ村って、元々二野倉という集落だったところで、そこは2011年3月11日の大津波で集落は壊滅、荒れ果てた場所になっていたところに2015年11月に除草目的で2頭の羊がこの地に放牧され、その羊たちは黙々と雑草を食べ、荒れていた場所はきれいな草地に変わり、少しづつ少しづつさまざまな方に認知され、それと共に一成くんのようなこの活動に賛同する若者が集まって来ました。

今ではドッグランができたり、さまざまなイベントが行われる、まさに手作りの活気ある場所。

一成くんはその立ち上げ期からの中心人物。

一成くんたちは「代行ジンギスカン」というバンドを組んでイベントの際に演奏したり、地域の子どもたちのところへ出向いて演奏したりしています。

代行ジンギスカン????

ヒツジの肉だから???

いいんかい!自分らが血肉を注いで一緒に暮らしてるひつじのことを食肉扱いして!!!

でも、その辺りがアフリカで暮らしていた一成くんたちらしいって思うんです。

ペットじゃないから。

なんならバンバン首ちょんして捌きそうだもんね、一成くんFu

FMいわぬまでJOCA(公益社団法人青年海外協力協会)の松本さん(もちろん代行ジンギスカンのメンバーです)が語ってくれてます。

どうやら一成くんもここのFMの常連さんみたいだね!

広がってゆく

自分が2014年に閖上や名取沿岸部で見たような荒廃して塩漬けになっていた物凄い虚無感の広大な土地に、たった2匹のヒツジと数名の有志から始まったこの意志。

いやぁ、定禅寺ジャズフェスに常連のぽれぽれといい、代行ジンギスカンといい、仙台っていう大きな括りの行政区に、ジェンベがある種「どっかり」と根を張っている。

行政区っていうかコミュニティ

シンゴと一成くん起点で、彼らとジェンベっていう楽器ににシンパシー感じた人が「ひとり・またひとり」と

増殖

しているイメージです。

 

笠田家

一成くんと奥さんのマイさんは、一成くんはガボン、マイさんはルワンダ、それぞれ2年JOCAで活動して帰国、その後2014年に結婚した、アフリカ繋がりで結婚したカップル。

全大宴1でサンバンエノキくんとドゥヌンバの掛け合いのあと、最後のジェンベソロを叩いたマイさんの快活として堂々とした表情と、それを羨望と愛の眼差して見つめる一成くんの目が、僕は忘れられない。


そしてそれをを含めメンバー全員の悲喜交交を最後まで叩かずに見守っていたシンゴの最後に見せた笑顔も。

一成くんたちにはふたりの娘さんがいらして、長女は円(まどか)ちゃん6歳、次女は和(のどか)ちゃん2歳。マイさんがジェンベソロ叩きながらおんぶしていたのは和ちゃん。円ちゃんは演奏するみんなと一緒に後ろでベビーカーにちょんって座ってました。(動画サムネールにも登場してる!)

円ちゃんは先天性の難病アンジェルマン症候群(指定難病201)を持ってます。サイトでは重い知的障害とのことですが、とにかくよく笑うって書いてあって、そう、確かに円ちゃん、

よく笑ってた!

一成くんもマイさんも

「円は僕たちを選んで生まれて来てくれた」

って。そして

「シンゴさんはじめ、ベージャンのみんなが当たり前のように思ってくれてることがとてつもなく嬉しい」と話してくれた。

そっか、シンゴの最後の

とてつもなく爽やかな笑顔

のワケはそこも大きいからか。

それにしてもその温かで大らかで多種多様で一悶着もあり個性的すぎて音もデカい、、、

そんなコミュニティを創り上げているシンゴ
そして「裏番」カヨちゃん

一成くんは「そういえば、娘のこと初めて家族、職場以外で話したのカヨさんだったし、シンゴマンはジャンベの音って絶対いいから連れてきなよ!って言ってました!」

だって。

この2人を中心に増殖している一人一人が主体的で主役な仙台ベージャンのコミュニティは

ある種世界最強

かもしれない。

 

収録翌日10日水曜の朝、シンゴに駅まで送ってもらい、高速バスで帰京。

さあ、東北の後、3日後はまた福岡へ!

アジにいの山口八幡ジェンベ交流会、そして京都の容君おっくんのドゥニヤカンの収録です!

乞うご期待!

By ジャンベ佐々木

1965年東京都練馬区生まれ(現在55歳) 小学6年生の時、父に連れられて行った銀座のクラブで沢田研二の「勝手にしやがれ」を歌ってかぶってた白い野球帽をシャって投げたらクラブ中が沸いてホステスさんにムギュってされてから人前で何かやることの快感を覚える。 1991年ジェンベと出会う。2001年ジェンベネットショップ「楽屋」創設、2006年加藤タクミと「TDF東京ジェンベファクトリー」創設。2012年に第一回ジェンベ大発表宴会を開催、2021年3月に「全国ジェンベ大発表宴会1」を開催。

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