人生初山口

ピーチで福岡空港に着くと、そこにはすでに柄の悪いアジ兄が車で迎えに来てくれていました。
福岡空港から直で山口の収録先まで高速で向かいます。福岡市街から山口まで、八戸〜仙台同様こちらも東京人の距離感覚では「近い?」って思いますが、距離にして120km、日光や小鉄のいる富士市まで行ける、まずまずの長距離です。
ここまで毎月何度もワークショップにアジ兄は行ってるんですね。

収録前にお腹空いたって僕が言ったら

「しょーもないうどん、食べましょうか」

アジ兄が言うので、どんだけしょーもないのかと思ったら、めちゃウマ笑!すかさず大盛りとおにぎり、そして瓶ビールも!

食券がこれって言うのもなんとも言えない嬉しさです。
考えてみたら山口県って人生で初です。いつも高速や新幹線で「通過」しちゃう場所だから、どんな土地なんだろうって、実感が無かった。

初対面

会場である「阿知須ドーム」(正式名称は山口きらら博記念公園多目的ドーム、2020年に富士商株式会社が命名権を取得したのでやまぐち富士商ドームに)はなんとも広大な

「ここで叩くの??この野球場で??」

って感じの会場。
毎回車の停め場所にも困りながら狭いスタジオで文句言われながら叩いてる東京のジェンベ叩きにしたらもう異次元の場所です。

到着すると既にメンバーが何名か来ていて、初めまして!の挨拶。
案の定、少しオシャレでトッポいいい感じのメンバーです。

そして何しろ明るい!

収録前に時間があったためアジ兄が気を利かせてくれて

「よかったら一緒に叩きましょう!」

って誘ってくれて、わお!では遠慮なく!って一緒に叩かせてもらいました。

何度も書きますが、この瞬間が一番ワクワクして楽しい!
後でアジ兄から聞きましたが、メンバーのみんなも楽しかったって言ってくれたそうで、感激です。

この感じを全大宴に参加してくれたチームのみんなに味わってもらえるように、現在思案中です。

 

ジェンベソロ

全大宴はチームの持ち時間を配信時のトークも含めて12分としていたので、実際の演奏は10分というボーダーラインを設けていました。メンバーの少ないチームであれば問題ないのですが、メンバーが多いチームはジェンベソロの「時間制限」を設ける必要があります。

でもその部分は各チームに一任していて、それは全大宴1も2もそうでした。

山口はメンバーが多く、しかもアジ兄曰く「パッション系」の楽しく叩けるメンバーが多かったので、演奏前に一言だけ

「全体で9分に収めてください!ソロの人数が多いからコンパクトに!」

って冗談めいて話していましたが、やっぱ始まっちゃうと楽しいから、前半のソロが乗りすぎて笑

一番最後にジェンベソロを叩いてくれたハマちゃんは「みんな長げーんだよ!俺なんてすぐショフマンだよ!」って全体の時間感覚を持った、責任感ある人格者故の割を喰ってしまい笑
打ち上げ後で嘆いてました

で、ソロの2人目でガツンと、ハマちゃん言うところの「ナゲーよ!」なソロをかましたのがともちゃんでした。

「とも」に生きる

山口八幡ジェンベ交流会の印象を一気に作っちゃった女性、ともちゃん。

踊りながら出てきて、いきなり高田純次ダンス来た時にはこっちも釣られてガツンとカメラが手ブレしちゃいました。

演奏終わって、ありがたいことにみんなで交流の場を設けてもらった時も、ともちゃんはじめメンバーのみんなは最後まで終始明るく・楽しく・よく笑い・よく語りました。
さすがアジ兄の生息エリア、行く先々のお店の素晴らしいこと素晴らしいこと。そんなのもあってみんなのリラックス度合いが凄まじかったからでしょう。

そのともちゃん、その時は全くそんな話もしなかったし、そんな雰囲気も全く無かったのですが、彼女が癌の治療中だっていうことを知ったのは全大宴の生配信が終わってからでした。

え?ガン?

聞けば2019年2月にガンと宣告されたそうです。左胸に3個の乳がんでステージ1。その上、5年前から別の難病も。それも肝臓に、です。

でも彼女は年に2回だけ、病院で血液検査のみ。
MRIとか、レントゲンとか、マンモグラフィーとかはしないって決めて、
自分が嫌だと思う事は断るようにしたそうです。

その上で
★食生活の改善(野菜中心、玄米酵、調味料、の見直し、添加物を極力落とす。電子レンジ使わない、クエン酸と重曹を毎日飲む、、など)をし、また
★体温を上げる(酵素風呂、毎晩半身浴山を毎朝歩いて朝日を浴びる、など)
とにかく、筋肉を動かして毎日、汗をかかせてます。
★畑をしながら「土に触れる」ようにしています。

以下はともちゃんから、全てのジェンベを叩く女性に向けて、いや女性だけじゃない、全ての人に向けてのメッセージです。

癌になっても、色々な選択肢があるし、何が正しいなんて、何もない。
自分が決める事。
嫌だと思う感覚が大事で嫌だと思う事は、しなくていい。
みんな100%確実死に向かってるんだから、癌だろうか何だろうが、関係ない。
幸せと思う瞬間を たくさん感じたい。

あのジェンベソロの時のパッションは、そんなともちゃんの内から出てきた、文字通り作り物でもない嘘偽りのないパッションだったんですね。

演奏後のインタビュー動画です。

めちゃ素敵な女性だと思います。

京都へ

翌日は京都ドゥニヤカンの収録がお昼からなので、早朝にアジ兄が手配してくれたホテルに帰って小一時間仮眠して身支度してたらアジ兄から

「外でお待ちしてます」

とメッセージが。。。は?朝8時ですよ!なんと見送りするためにアジ兄は3軒目のBARで仮眠して、デニーズでCoffee飲んで待ってくれていたんです。

ほんと、ありがとうございます。

新山口駅から新幹線、丁度いいのが出たばっかだったから40分くらい時間ができたのでコーヒーでも飲みながら待つよ、アジ兄ここでいいよ、、、って言ったら「じゃあ、一杯イケますね」って言って売店でビールを買ってきてくれました。

いわゆる迎え酒ってやつ笑

アジ兄、いつもほんと感謝してます。酔いどれ!とかガラわる!とか揶揄してますが、心から尊敬してます。

誰もアジ兄にはなれない。

だからこそともちゃんはじめ、一癖も二癖もある山口八幡ジェンベ交流会のメンバーがクラスに通い続けているんです。

そう、京都へ向かう新幹線の中で、さっき空きっ腹に入れたビールでほろ酔いの頭で反芻しました。

 

続く

 

 

 

By ジャンベ佐々木

1965年東京都練馬区生まれ(現在55歳) 小学6年生の時、父に連れられて行った銀座のクラブで沢田研二の「勝手にしやがれ」を歌ってかぶってた白い野球帽をシャって投げたらクラブ中が沸いてホステスさんにムギュってされてから人前で何かやることの快感を覚える。 1991年ジェンベと出会う。2001年ジェンベネットショップ「楽屋」創設、2006年加藤タクミと「TDF東京ジェンベファクトリー」創設。2012年に第一回ジェンベ大発表宴会を開催、2021年3月に「全国ジェンベ大発表宴会1」を開催。

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